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『ニューヨーク 親切なロシア料理店』
酷寒の冬の街で触れ合う人情
スピード感ある展開で盛り上げる

 貧しい人、心を閉ざした人、人生に疲れた人の癒やしとなる作品が『ニューヨーク 親切なロシア料理店』(2019年/ロネ・シェルフィグ監督・脚本〈デンマーク出身〉、製作:デンマーク、カナダなど、115分)だ。多種多様の人々がロシア料理店に出入りし、彼らのそれぞれの悩み、哀しみ、喜びを分かち合う群像劇である。

 
物語の背景となるのがニューヨークの街で、決して美しい観光都市の顔ばかりではなく、日々悪戦苦闘する人々を包み込む大都市の懐の深さを描いてみせる。しかし、底流に流れるのは、愛と互いの絆(きずな)であり、原題の『The Kindness of Strangers』(和訳=見知らぬ人の優しさ)が、この意味をよく伝えている。
季節は極寒の冬であり、マンハッタンへ逃げてくる母親と2人の幼い息子が、群像劇の一翼を担っている。母親クララ(ゾーイ・カザン/高名なエリア・カザン監督の孫)と、幼い兄弟、兄のアンソニー、弟のジュードである。
タイトルのロシア料理店は、創業100年を超える伝統を誇る「ウィンターパレス」である。最近は往時の繁栄は失われ、経営も傾いている設定だ。美術のセットが、豪華な歴史的料理店を再現した。

マーク(右)とクララ(左)  (C)rights reserved  ※以下同様

クララ母子

アリス(右)とジェフ(左)

レストランオーナーのティモフェイ

クララ

レストランのドアマンになったジェフ

クララ一家

 行き場のない親子を中心に描く群像劇
冒頭、ベッドで目を開けている女性(クララ)のアップから始まる。彼女は、隣の夫を起さないように静かに起き上がる。まだ寝ている幼い兄弟を起こし、少しばかりの荷物を手に車に乗る。目的地は、憧れの大都会ニューヨーク。早朝の密かなる親子の脱出劇である。
クララの夫は美男の警官リチャードで、DVの常習犯。上の子アンソニーに命じ、下の子ジュードを殴らせる、ひどく悪賢い性格の持ち主だ。夫のDVに身の危険を感じ、彼女は子供を連れての家出を敢行する。
ニューヨークに着いたクララ親子は、まず、夫の父親を訪れ泊めてもらおうと頼むが、にべない返事。それではせめてお金の都合をと言うが、首を縦に振らない。クレジットカードは夫が管理し、クララはわずかな現金しか所持していない。車も夫名義だ。
ここから、酷寒のニューヨークでの苦難が始まる。筆者も冬のニューヨーク滞在の経験があるが、外は並みの寒さではなく、それこそ凍り付く感じだった。彼女らの生活は、車こそあるものの、お金は乏しく、食べるものにも事欠く有様であった。
そこでクララは、母親として肝を据え、デパートでは自分の洋服を、見知らぬ他人のパーティー会場では食べ物を盗み、子供たちに食べさせる。金持ちから少しばかり盗んでも大したことはないとの、彼女なりの論理である。飢えに苦しめば、盗みも仕方ないであろう。 
  


登場人物

 舞台となるロシア料理店は安らぎの場で、多くの人が友人同士となる。
そのうちの1人、常連のアリス(アンドレア・ライズボロー)は、金髪のショートカットが似合う、緊急病院の看護師。仕事の傍(かたわ)ら「赦(ゆる)しの会」というセラピーを、教会の中の一室で開き、人々の悩みを聞いている。ちょうど精神科医のように。本人は独身で毎日の激務でクタクタ、それでも他人に奉仕するためだけに生きている人物。
弁護士ピーターに連れられ参加するマーク(タハール・ラヒム/ジャック・オディアール監督作品『預言者』〈09年〉の主演、アラブ系、仏映画界で1つの勢力を築き上げる「ヴァール」と呼ばれるマグレブ人を中心とするグループの重要な一員)の役どころは、弟の薬物事件に巻き込まれ刑務所入り、つい最近出所したばかりの不愛想な人物である。
出所後は、ロシア料理店のオーナーに目を掛けられ、以前の料理店経営の経験を買われ、同料理店のマネージャーに就く。そこで、クララ一家やアリスなどと知り合い友人の輪を広げる。
アリスのエピソードとして、緊急病棟の重症患者の付き添いに、突然結婚相手を紹介されるくだりがある。これは、看護師としての働きぶりを見込んでのうえである。彼女の存在は光彩を放ち、日本流にいえば「菩薩(ぼさつ)の再来」というところだ。



これぞ芝居

 
料理店のオーナー、ティモフェイに、英国演劇界の大物俳優ビル・ナイが扮(ふん)している。商売のやる気を失い、実務はマーク任せ、本人は店の一隅で暇つぶし。この老オーナーの芝居が実に軽妙で枯れている。ユーモアと滋味あふれる彼の存在は、作品にとり貴重である。


寝場所探し

 不法駐車で車を没収され、移動手段を失ったクララ親子は、昼は図書館で過ごす。食事は無料食堂で取り、夜は暖のとれる教会へ行くが、教会も閉館時間になる。ここで、教会内に自室を持つアリスと出会う。見かねた彼女は、自分の部屋を3人の寝場所として提供する。
  登場人物の1人、不器用でドジばかり踏む若いジェフは、失業続きで寝場所がなく、鉄橋の下で寒さと闘いながら横になり朝を待つ。凍死寸前の彼は、ホームレス救済のためにボランティアでパトロールをしている青年2人に助けられ、病院に担ぎ込まれる。
そこでの担当がアリスで2人は知り合う。また1つの友人の輪が増える。彼は熱いバスに入れられ、体温を元の状態に戻す治療を受ける。こんな凍死防止対策もあったのかと驚かされる。
同様のことが、夜中、寝ぼけて教会の庭に出た次男のジュードにも起き、凍死寸前の彼もアリスの病院に担ぎ込まれ、一命を取りとめる。ニューヨークの寒さを実感させる場面だ。
脚本を兼ねるシェルフィグ監督は、米国の慈善事業(貧困者向けの無料食堂など)の素晴らしさを指摘している。




性のあり方

 親しくなったアリスとジェフは、互いの身の上の話を交わす。アリスは「ここ4年ごぶさた」と平気で口にする。それに応じてジェフは、お互いの好みのタイプではないかもしれないが、1,2度のセックスを提案する。彼女は少し戸惑うが、やんわりと仕事にかこつけて断る。これで2人の友人関係にひびが入ることはない。
作り手としては、性の相性が良ければ、人間関係もうまくいくとの考えが見て取れる。その考えを、他人のために生まれてきたようなアリスに言わす意外性は面白い。




友人の輪

 ロシア料理店を基点とし、献身的なアリスや、自分のアパートをクララ一家に提供するマークの善意が重なり、厳しい生活環境を和らげる有り様が次第に目に見えてくる。この視点こそ、本作の核であろう。
これが、シェルフィグ監督が語る映画の構造である。他人同士がどんどん近づき1つにまとまり、それぞれにとって掛け替えのない人になり、恋人になり、また理解者になることである。
クララとアリス、対照的である2人の女性を主軸とするのは、シェルフィグ監督の狙いである。仕事、子育て、介護など、女性の出番が多く、それらがもたらす負担、困難を同監督は強調している。その上、彼女たちにかかわる男性を、ちょっとした思いやりの持ち主として描いて見せるあたり、シナリオ構成の発想が優れ、実力派女性監督シェルフィグの面目躍如の感がある。
また、画面画面のつながりを短かめに次々と繰り出す展開は、スピード感があり、作品全体を盛り上げている。自立と助け合いの人生模様の描き方には納得させられる。
物語自体はハッピーエンドだが、その奥の深刻な社会問題への目配りも忘れていない。力作である。





(文中敬称略)

《了》

12月11日からシネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開

映像新聞2020年11月16日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家