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『第33回東京国際映画祭』
コロナ禍で激減した欧米からの出品
台湾、イラン作品に多かった秀作
作り手の意図が明確に伝わる作風

 「第33回東京国際映画祭」(TIFF 2020/以下、TIFF)は、10月31日から11月9日まで東京・六本木や日比谷エリアなどで開催された。コロナ禍の影響で上映作品本数、観客動員数は減少、さらに海外ゲストの来日も少なく、例年に比べ規模は縮小した。それに伴い、従来の「コンペティション」、「アジアの未来」、「日本映画スプラッシュ」を1つの部門に統一し、「TOKYOプレミア2020」と改組。32本が上映され、唯一の賞は「観客賞」のみ。今年は、アジアに特化した映画祭「東京フィルメックス」も10月30日−11月7日に開催され、取材する側にとり、両方を見る時間的余裕はなく、半分ずつ見ざるを得なかった。したがって、各映画祭出品作品の未見も多い点はご了解願いたい。筆者の見た範囲で報告する。

 
大幅に縮小された「TIFF」の観客数は前年比2万人減と、かなりの落ち込みである。しかし、各会場は7割くらいの入りで、まずまずであった。やはりTIFF愛好者数は減少しているが、一定観客数の定着が見て取れる。
作品的には、欧米からの出品が激減したのは紛れのない事実だが、それを埋める台湾、イランの秀作が多く、アジア勢の攻勢が目立った。これは、本年の映画祭の収穫である。映画祭事務局は、開催へ向けて多大な努力を払ったはずだが、「国際」の看板が地域映画祭となった。現状を見れば、今年は無理をせず、中止の選択があってもよかったと思える。

「足を探して」

「愛で家族に〜同性婚への道のり」

「遺灰との旅」

「私をくいとめて」(観客賞)

ルイ・クリスペル監督(「オマールの父」)

「老人スパイ」

「ティティ」

台湾作品の健闘

 優秀作品の出品が少ない中、特に目立ったのが台湾作品の健闘である。まず、取り上げたいのが、『足を探して』(チャン・ヤオシェン監督)だ。コメディー的ミステリーを思わすタイトルだが、発想がユニークな純然たる夫婦ものである。
夫ジェン(トニー・ヤン)は敗血症が元で、足首切断手術を受ける。担当医は、手術せねば命が危ないと、半ば脅迫的に手術を勧める。医者に言われれば手術拒否は難しく、妻チェン(グイ・ルンメイ)は渋々同意書にサインするが、2日後に夫は死亡。何のための手術だったのか、その意図を妻は疑い、物語が展開する。
チェンはダンスの名手。彼女の見事な踊りぶりを見て、ジェンは彼女と踊る。遊び人風のジェンもダンスがうまく、2人は意気投合、順調な出足だ。そこから珍妙なドラマが始まる。ケガが元で悪かった「足首」を、このまま放っておけば敗血症になると告げられ、渋々手術を了承するが、無残な結果に。ここからチェンの出番だ。
彼女の願いは、埋葬時に、2本の足が必須との信念を抱き、病院に乗り込み切断された足首の返還を要求。既に廃棄物扱い処分となり、チェンは医師と押し問答。病院側は「同意書にサインをした以上、返還は不可能」の一点張り。彼女は、サインをしたものの足首を取り戻す権利があると主張。この時のチェンの頭の良さは見ものである。
しかも彼女は弁が立ち、病院の医師、保管係、最終的には院長まで登場するが、病院側を窮地に追いつめる。最終的に、処分場から腐敗しかけた足首が見つかる。黙って引っ込まない彼女の粘り勝ちだ。筆者の個人的評価は最高賞である。 
  


台湾のドキュメンタリー

 近年、若者の反乱は香港やタイばかりが強調される。しかし、台湾からは同性婚の権利を保証する運動を描くドキュメンタリーが出品された。その作品が『愛で家族〜同性婚への道のり〔同愛一家〕』であり、力と作り手の熱さにあふれる作品である。
監督は、ドキュメンタリー畑出身で42歳のソフィア・イェン。本作が初の長編ドキュメンタリーであり、楽しみな新人だ。台湾の同性婚に向けた流れの中でLGBTQ(「Q」はどちらかはっきりしない、決められない状況にある人)カップルの家族、結婚、人間関係の問題に取り組んでいる。
作中、レズ、年配のゲイ、若いゲイの3組がそれぞれについて語る。特に、最近相手に認知症の症状が出て来た老ゲイのケースは身につまされる。そして、同性婚合法化を求める大衆デモ(実写)の規模の大きさには圧倒される。香港のデモを上回ると思われ、渋谷でのハロウィーン騒ぎなどは、かわいいものだ。
最終的に、合法化は2019年5月17日に実現した。この日は、台湾のさらなる民主化の象徴と、とらえられるかもしれない。今年は東京フィルメックスを含めて、台湾勢の台頭が目立った。もちろん筆者が見た範囲ではあるが。



家族モノの秀作

 
TIFFの出品国に関していうと、例年インドの作品が比較的少ない。山形市で隔年開催される「山形ドキュメンタリー映画祭」には、インドからかなり出品されており、特にテレビ作品が多いと聞くが、判然としない。
その傾向の中で、1本光ったインド映画『遺灰と旅』が上映された。亡き父の散骨を巡る家族の物語で、作品を手掛けた今年41歳のマンゲーシュ・ジョーシーは、長編3作目の新進監督である。



パレスチナの壁

 悪名高い、イスラエルとパレスチナ両国を隔てる壁について触れる『オマールの父』(ロイ・クリスペル監督、イスラエル)は、政治問題を個人の立場から問う作品だ。主人公のサラーは、心臓疾患のある息子をイスラエルの病院に入院させ手術を受けるものの、死去。父親は、息子の遺体を抱いてパレスチナ側に戻るという話が骨子となる。
両国間は戦争状態で、イスラエル側が検問所を作り、パレスチナ人の出入りをチェックしている。両国の社会インフラの差は大きく、手術が必要な重病人はイスラエル側に行かねばならない。双方の出入り(むしろパレスチナ側)は、検問上、夜間禁止令が敷かれ、さらに、出入りを難しくしている現状がある。
パレスチナへの帰国を、イスラエルの一方的夜間の出入国制限により阻止され、遺児を抱えたサリーは困惑する。その彼を手助けするのが、通りがかりのイスラエルの若い女性エリで、彼女は妊娠している。その彼女が彼を自分の車に乗せ、市内を回り、何とか父親と亡き息子の遺体を故郷へ送り返す手助けと、その困難さが描かれている。パレスチナ問題を庶民の次元で描く傑作だ。




老人スパイ

 タイトルは物々しいが、発想のユニークさが光る『老人スパイ』(マイテ・アルベルディ監督=チリの女性監督/製作はチリ・米国など)である。
ある探偵事務所は、80歳以上の老人を対象とする求人を出す。業務内容は老人ホームの内偵で、入居者からの依頼により盗難事件について調べる仕事だ。調べるうちに、事件のほとんどがコミュニケーション不足と、互いの不信によるものであることが判明し、逆にスパイの老人は、老人たち(主として老婦人)に頼られ相談相手にまでなってしまう。
閉ざされた社会で起こり得る悶着(もんちゃく)で、見る方にも悪い意味で共感をもたらす。




ロマ女性と物理学者

 イランの女流監督アイダ・パナハンデの3作目『ティティ』は、今年、勢いのあるイラン作品である。世界的物理学者の研究論文の下書きを拾う、ロマ人の清掃婦ティティと、この物理学者の全く違う世界に住む2人の物語。虐げられた若いロマ人女性の自立が最大のテーマ。地味な作品だが見応えがある。
本年の賞は「観客賞」のみで、大九明子監督の『私をくいとめて』(日本)が受賞した。観客賞とは、一般投票としてマイナーな扱いであったが、観客賞こそ、専門家たちによる小難しい作品ではなく、分かりやすく、面白い作品が選ばれ、今後とも注目してよい形と考えられる。
今年はコロナ禍で、欧米の参加が殆どないことは前述したが、その代わり、地に足がついた台湾、イラン作品の内容の良さが光った。作り手の言いたいことが明確に伝わる作風を持っている。





(文中敬称略)

《了》

映像新聞2020年11月30日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家