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『第21回 東京フィルメックス』
コンペ12本、特別招待14本上映
白眉は女性監督作品の『無聲』
新人の躍進が著しい台湾を象徴

 「第21回東京フィルメックス」(10月30日−11月7日/以下「フィルメックス」)は、コロナ禍の影響で「東京国際映画祭(TIFF)」と同時期の開催となった。結果として日程が重なる作品が続出し、例年の半分程度の作品しか見られず、見落としが出た。この件に関してはご勘弁願うばかりだ。したがって、少ない作品の中から優秀作品を紹介する。内容的には悪くない作品が多くあり、これは救いであった。今年はコンペティション(12本)、特別招待部門(14本)で、本数的には例年と変わらない。最優秀作品賞は『死ぬ間際』(アゼルバイジャン)、審査員特別賞は『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』(日本)に決まった。

 
「フィルメックス」は、TIFFアジア部門の選考責任者、市山尚三が、ビートたけしが所属していた芸能事務所「オフィス北野」(現TAP)に引き抜かれる形で、2000年に同事務所の森昌行・元社長とともに「東京フィルメックス」を立ち上げた。当初の予算は3000万円(オフィス北野からの助成)で門出を飾ったが、このような低予算映画祭の立ち行きが大いに心配された。
その後、競輪、芸術文化振興基金の助成を得て、推定だが約1億円の予算で運営を続け、現在に至っている。失礼を承知で述べれば「よくも、21回もやってこられた」と驚き、感心している。日本国内でアジア映画のメッカを作り上げたことは称賛に値し、見る側も、直(ちょく)にアジア映画に触れられる楽しみに与(あずか)れる。
「山形国際ドキュメンタリー映画祭」や、「福岡国際映画祭」(通称:アジアフォーカス)と、ほかにもアジア映画に特化した映画祭は存在し、それぞれが、低予算で歯を食いしばり頑張っている。
フィルメックスは、その中にあり、非常に作家性が強い作品ぞろいで知られている。これは市山尚三ディレクターのアジア映画愛(彼はアジア映画以外、映画全般に通じている)と、プロデューサーでもある彼は、中国、韓国、イランの映画人との交流も密で、そこから秀作を引っ張ってくる強みの持ち主である。
ただし、彼について困ったことは、精通しすぎて、難解な作品を取り上げる癖があり、「観客置き去り選考の名人」と言われることだ。

「無聲」(台)  

「マイルストーン」(印)

「逃げた女」(韓)

「平静」(台)

「照射されたものたち」(仏・カンボジア)

「D.I」(パレスチナ)

『無聲(むせい)』

 本映画祭の白眉は、台湾作品『無聲』(コー・チェンニエン監督)だ。「無聲」とは、ろうあ者を指している。音のない世界で起こる理不尽さについての社会的考察といえる作品である。監督のチェンニエンは共同脚本者でもあり、若い女性監督の鋭い感性がみなぎり、本年の台北映画祭のオープニング作品だ。
舞台は、ある「ろうあ高校」、そこにチャンが転校してくる。スクールバスで登校の車中で、彼は異様な光景を目にする。5,6人の男子生徒が1人の少女に暴力を加え、パンツまで脱がし輪姦する。ろうあ者の少女ベイベイが声を上げられないことをいいことに、ゲーム感覚で少女をいたぶる。むごい光景だ。
この異常さにチャンは驚き、学校に訴えることを彼女に勧めるが、ベイベイは他言しないことを懇願する。性暴力を振るう少年たちは彼女にとりお友達であり、一緒に遊んでもらえる存在と主張する。チャンはこのことを皆に話し何とかしようと決意するが、彼の話を真面(まとも)に受け取るのは1人の若い教師だけで、孤立無援の闘いとなる。
2011年に台南のろうあ学校で実際に起きた事件で、その実話が本作の元となっている。 
  


『無聲』の作り

 この作品、少女と彼女に群がる少年たちと、彼らのリーダー格である少年の2つの塊(かたまり)が物語の骨子となる。少女ベイベイに同情する少年チャンは、校内で孤立した存在である。
しかし、彼女はこの学校から離れようとしない。何かあれば、とにかく前向きに戦うことを避け、一時的緊急避難場所となる学校は、彼女にとり自分の居場所と固執する。
ほかの場所へ行けば、自分は誰からも構ってもらえない存在にすぎないと思っている。情けなく、後ろ向きな選択ではあるが、現状では、この解決法しかないとする少女の心情を思えば、涙さえ出てくる。
だが、強者で弱者を暴力で支配する状況に対し、少しばかりの同情心と正義感をもって、チャンは校長に直訴する。学校の恥とばかりに保身に走る女性校長、「女の敵は女」とする論理を地でいっている。保身とは、被害者の人間の存在を否定することであり、周囲の学生たちの見て見ぬふりと同様だ。



もう1人の少年

 
この性犯罪の司令塔の少年の物語がラストで明かされる。彼も、小学校時代に教師の性犯罪の餌食になっていた。この復讐が弱者への性暴力へと連鎖している。ここに、チェンニエン監督の、不公正な社会への怒りが見える。
台湾の新進女性監督の真っ当な発言であり、怒りを直(じか)にぶつける同監督の熱さは、新人の躍進著しい台湾映画界の象徴でもある。この社会的「怒り」を欠くのが、現在の若い日本人監督に多く見られる。台湾映画の今日のレベルを知る上で貴重な1本だ。



現代のインド社会

 印象に強く残る作品として、インド映画『マイルストーン』(アイヴァン・アイル監督)がある。2作目の新人監督作品である。作品のトーンを決めるのが北インドの寒々とした風景で、昔繁栄した工業地帯の荒廃ぶりが、作品の背景となっている。
主人公の中年男性はトラック運転手だが、腰を悪くし、仕事もままならない。その彼、妻を亡くしたばかりで、インド独特の習慣なのか、妻の遺族に今後の生活費として一時金を渡さねばならない。
そして、助手の若者の育成する担当者となる。この若者は、ゆくゆくは体の悪い彼の後釜の狙いがある。陰うつな北インドの中での八方塞がりの状況を、インド社会の沈滞のメタファーとして描く、社会性に富んだ秀れた作品。アイル監督の力量もあり、脚本の練りが良い。




ホン・サンス監督作品

 ほかに、韓国の人気監督、ホン・サンスの『逃げた女』が注目される。韓国の大学映画学科や、その上の映画アカデミーの学生のほとんどがまねをしたがるサンス作品。彼の平坦な語り口と、何かが変わる予感を与える作風は、学生たちに圧倒的な人気を誇っている。
本作も、結婚5年目の女性が3人の昔の友人を訪ねながら、彼女らとの接触で自分に何らかの変化を感じていく物語で、サンス・ワールドの風合いが楽しい。




その他の作品

 中国作品として『平静』(新進女性監督のソン・ファン)もなかなかの出来の作品だ。
ある中国人、心に傷を負ったヒロイン(映画監督か、画家か、作中では特定していない)のロードムービーである。東京のギャラリー、越後湯沢、香港、南京を巡る旅で、少しずつ心の傷を癒す筋書き。越後湯沢で会う日本人男性が、何と、フィルメックス代表の市山尚三ディレクターで、製作担当の中国人監督ジャ・ジャンクーとの友人関係のためか、謝礼ゼロの特別出演。市山の英語の堪能ぶりは見もの。
ほかに、自身も両親を失ったカンボジアのポル・ポト大虐殺など、世紀の犯罪を追うリティ・パン監督が、原爆、ナチのホロコーストを含め、20世紀の人類の暴力を描いて見せるドキュメンタリー『照射されたものたち』も注目作である。
特集上映は、パレスチナ人で、2002年カンヌ国際映画祭で審査員賞と国際批評家連盟賞を受賞し、一躍その名を世界に知らしめた『D.I』のエリア・スレイマン監督の3本である。どうしようもないパレスチナの日常を時折コミカルなタッチを交えて描く世界は、現代の同国の確かなる証言である。





(文中敬称略)

《了》

映像新聞2020年12月7日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家