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『あのこは貴族』
社会の抜きがたい階層に立ち向かう
2人の若い女性の自立の物語
富裕階級出身の箱入り娘と上京組

 一見、甘そうな少女劇画風タイトル作品『あのこは貴族』(2019年/岨手〔そで〕由貴子監督・脚本、原作:山内マリコ「あのこは貴族」、124分)は、骨っぽい作品だ。30代に手が届きそうな、2人の女性の自立の物語で、彼女たちの友情を話の軸にしている。タイトルの『あのこは貴族』のツカミが良い。

  若い女性の姿を通し、社会の抜きがたい階層について触れるが、そこには爽やかさがある。
世の中には、出身地、学校、会社など、選別され続けることによる生きづらさがあり、そこをどう切り拓(ひら)くかが、多くの文学、映画の普遍的テーマの1つとして扱われている。
わが国でも、敗戦による平和憲法の施行に伴い、貴族は表面上姿を消したはずである。しかし、その貴族風なるものは未だ存在している。その代表が、米国進駐軍の日本統治の手段として残存された天皇制である。
進駐軍の一部には、共和制国家を目指し、天皇制廃止派勢力があったが天皇制は残存し、警察予備隊の創設(1950年/52年に保安隊に改組)、その後の朝鮮戦争(50−53年)、そして、日本は再軍備路線をとった。軍隊と名乗らぬ警察予備隊は自衛隊となった。

主人公の2人、美紀(左)、華子(右) 
(C)山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会  ※以下同様

美紀(右)と青木幸一郎(左)

幸一郎(左)と華子(右)の結婚式

華子(左)と逸子(右)

富山時代の同級生、里美(左)と美紀(右)

現代の貴族

 本作『あのこは貴族』では、三井財閥が実名で取り上げられている。実際、三井家の当主は現存し、家系は脈々と続いている。主人公の1人、榛原(はいばら)華子は当の財閥一家の子女で、普通の感じの門脇麦が扮(ふん)するが、上品でおとなしく、おっとりした"お嬢様"感が出ている。
大学では、裕福な都会出身者と地方出身者の「上京組」がいる。華子は、都会の富裕階級出身の箱入り娘、いわゆる貴族に属する。前半は、華子中心に物語が進行する。 
  


きらめく夜景

 冒頭、夜のビル街、明るいイルミネーションがともされた街中を、車のライトが駆け抜ける。これぞ東京といった光の流し撮り、岨手監督の映像センスが光る。この東京の夜景が伏線となり、ラストに来て、主人公たちの新たな感性と重なり合う。岨手監督のツボを心得た意図がにじむ。
豪華なホテルのレストランなどが、ことさらクローズアップされ、上京組が足を踏み入れない聖域が次々と写し出される。演出の狙いである。
お嬢様、華子はホテルのレストランの会場へ到着する。畳間にイスという高級感あふれるしつらいである。華子一家の食事会だ。富裕階級の選ぶ場所は違う。
婚約者の紹介を兼ねた会食であったが、なぜか華子は彼を伴わない。彼女によれば、相手の気が変わったとのこと。要するに袖にされたというところか。いくらおとなしそうなお嬢様でも、面白いはずはなく、男性の勝手な論理に振り回されたのであろう。気まずい会食である。
袖にされた娘を同情するよりは、むしろ次の男を狙えとばかりに、相手探しを勧める母親。富裕階級とは意外と欲が深いもので、地金が出た一幕だ。
次の獲物探しとばかりに、女友達の紹介で居酒屋での見合い。行儀の悪い男子たち、汚いトイレに華子は、自分が住む世界とのあまりの落差に早々と退散する。
一方、お育ちの良い同窓のクラス会は結婚、見合いの話題で盛り上がる。30歳近い華子の周囲も多くが結婚し、独身者として焦りを感じる時期に入る。ある時、彼女の姉の夫の紹介で、若手弁護士、青木幸一郎(高良健吾)との見合いの機会が巡って来る。
青木の家系は代々政治家で、貴族の流れ。家長たる祖父が偉そうに家族を支配している。家族も政治家一家の面子を保ち、祖父の財力に頼り、老人を立てる。まさに打算の世界だ(しかし、政治家の家系が貴族とはお笑い草)。
高級レストランでの2人の会食、幸一郎の長身の男前ぶり、そして良家の子息という看板に、華子はうっとり、すべてが上の空で、ここで婚約が成立。見ず知らずの若い2人が、結婚の意志を持ち会場へ望めば、半ば結婚は成立というわけだ。
渋谷の高級住宅地、松濤(しょうとう)の自宅住いの彼女にとっては、手入れの行き届いた日本庭園、和風の邸は生まれた時から特別のものではない。それが当然と思い、だからガサツな居酒屋の見合いは全く肌に合わなかったのだ。



上京組

 
これでもかの貴族のありさまを描く前半は少々長く、その内容は先刻ご承知の感があり、だれ気味である。
さて、もう1人の主人公、時岡美紀(水原希子)は上京組で、故郷は富山、それも街ではなく閑散とした田舎町。華美な東京の夜景をぶつけた岨手監督は、もう1つの背景として、寂れた田舎町を設定し、そこを「上京組」の故郷とした意図がありありだ。
美紀の家庭は、父の仕事が不安定。弟は改造車狂いで、正規の職業には就かず、決して裕福な家庭ではない。美紀自身はこの環境に負けまいと猛勉強の末、慶大入学。彼女にとり、今までどおりの人生から脱出できるかに見えたが、家からの仕送りも父の失業で、2年で打ち切られる。
やむを得ず、せっかくの大学生を諦め、キャバクラでのバイトとなるが、気力、体力が続かず無職。その後、キャバクラ時代の客からの紹介で、中途採用ながら企画の仕事を始めるものの失意の毎日。その時代の客の中に、慶大同窓であった、後に華子の結婚相手となる青木幸一郎がおり、美紀とはつかず離れずの関係が続く。



それぞれの転機

 良家の子弟の幸一郎は司法試験に通り、順風満帆の毎日。そして、良家の華子との結婚が決まるものの、ここまで順調だった人生が、少しずつ狂い始める。この辺りの語りがうまく、岨手監督のセンスの良さを感じさせる。
美紀はその後、富山から一緒に慶大を受けた平田里美(山下リオ)と、高校の同窓会で久しぶりに会う。里美は大学卒業後Uターンしており、富山の特産品を売り出す企画会社を設立するという夢を語る。
その彼女から共同経営を提案され、「その一言を待っていた」と、まるでプロポーズされたように喜ぶ美紀。将来の展望がはっきりしなかった美紀にとり、里美は大きな存在となった。
一方、結婚へ向けて順調に運んでいた幸一郎と華子だが、偶然に彼のスマホで美紀の名を見つけ、疑いが生じる。彼は何食わぬ顔で、美紀と華子に二股をかけていた。ここに、貴族の世界独特の高慢さとずるさが見られる。幸一郎にとり、美紀はいつでも呼び出せる女性にしか過ぎなかったのだ。
紆余(うよ)曲折を経て、華子は離婚。自ら貴族の座を降り、新しい世界へ一歩踏み込み始める。今は、日本とヨーロッパを股にかけ活躍するヴァイオリニスト、相良逸子(石橋靜河)のマネージャーとして、生き生きと仕事に励んでいる。




自由の夢

 離婚した華子、美紀の自立の夢に手を貸す里美、華子を応援する逸子と、皆それぞれの道を歩み始める。ここに、女性同士の友情と自立の夢が物語を彩る。
われわれの住む社会には階層が存在し、打ち破らねばならぬ見えぬ壁が重要なテーマとして浮かび上がる。冒頭の美しい東京の夜景は、東京人の貴族だけのものではなく、「上京組」にとっても、やはり夜景は輝き、人それぞれが自分の東京を持って生きることを示唆する。ここで、冒頭の伏線をうまく受けている。
本作では、世の中には階層は存在することは知るべきであるとし、漫然と受け入れるのではなく立ち向かう覚悟が必要と迫っている。青春映画の快作の1本だ。




(文中敬称略)

《了》

2月26日から全国公開

映像新聞2020年2月15日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家