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『アンモナイトの目覚め』
実在した女性化石採集家の半生を追う
高レベルで良質な英国映画の典型
貧困の差のある2人の同性愛

 貧富の差のある2人の女性を通して語られる、同性同士のラブストーリー『アンモナイトの目覚め』(以下、『アンモナイト』/フランシス・リー監督・脚本、英国、118分/原題「Ammonite」)は、実在の女性化石採集家の生き方と半生を追い、見る者を作り手の世界に引き込む力がある、見応えのある作品だ。

 
本作『アンモナイト』などの優れた英国映画を製作する映画会社、公共テレビ「BBC FILMS」と、同じく民間テレビ局の「FILM 4」の作品(近作では『ファーザー』が5月4日公開予定)は、質的に間違いない。特に本作は格調が違い、訴求力のある企画、よく練り上げた脚本、そして、舞台でも知られる俳優たちの演技と、すべてにおいてレベルが高い。まさに良質な英国映画の典型といえる。

メアリー(左)とシャーロット  (C)2020 The British Film Institute, British Broadcasting Corporation & Fossil Films Limite  ※以下同様

アンモナイトの化石

リーバーソン医師

メアリー

シャーロット

化石のクリーニングをする2人

病床のシャーロット

メアリー

シャーロット(左)、メアリー(右)

荒海の海岸でのメアリー

荒海の海岸でのメアリーとシャーロット

クリーニング中のメアリー

シャーロットの夫、ロデリック

薬屋のエリザベス

メアリーの母モリー

主人公メアリー

 18世紀末から19世紀に実在した化石採集家メアリー・アニング(1799−1847年)は労働者階級出身で、独学の考古学研究者である。実際、彼女が発掘した化石は大英博物館に収められている。
時代は1840年代、メアリー(ケイト・ウィンスレット)は、英国南西部の海辺の町ライム・レジスで年老いた母と暮らしている。彼女は海辺から化石を採集し、それを観光客相手に売り、細々と生計を立てる、根っからの労働者階級の女性である。
住居は浜の突端、扉を開ければ海と隣り合わせで、波にさらされる位置にある。気候が悪い英国ではあるが、この町の海の暗さは気が滅入るほどだ。
撮影監督のステファニー・フォンテーヌ(代表作『預言者』〈2009年〉)は、海、波、暗い天候をカチッと撮り上げており、この映像の美しさは特筆もの。 
  


冒頭

 どこかの大きな建物の床を磨いている掃除婦の女性に「どけ、どけ」とばかりに、運搬の手押し車が通る。運ばれたのは化石である。そこは大英博物館の展示室、その展示品の1つに「魚竜 イクチオサウルス」が収められ、採集者のラベルには「メアリー・アニング」の名が書かれている。この化石こそ、メアリーの自宅前の浜で採集した化石である。
発掘者のメアリーは市井(しせい)の研究者であり、その名は忘れ去られた。昔のことでもあり、資料はほとんど残っていない。この彼女のプロフィールが、フランシス・リー監督の想像で再現されたのが本作である。



初めての出会い

 
ある時、メアリーの店にロンドンから裕福な夫婦が訪れる。夫は金持ちで化石収集家でもあり、彼女のことを知り、陰気な若い妻シャーロット(シアーシャ・ローナン)を伴い、はるばるメアリー宅に足を運ぶ。そして彼は、浜での採集現場への同行を願い出る。最初は迷惑がったメアリーだが、大枚をはたくという条件に乗り、渋々引き受ける。
次いで、帰り際に夫は、流産で落ち込んでいる若い妻をメアリーに預けて去る。夫は、体よくお荷物気味の妻を置いて逃げた形となる。無愛想で、少しばかりお高いシャーロット。夫は、その彼女をメアリーに強引に押し付け、自分は好きな化石探しの旅を続ける。



2つの階級

 物語の展開は、メアリーの紹介から始まり、2人の女性の出会い、メアリーの研究者としての業績紹介と続く。このテンポのよさは、監督・脚本のフランシス・リーの、センスある手際のよさである。
当初メアリーは、仕事の邪魔とばかりにシャーロットを邪険に扱い、若いシャーロットも無気力で化石に対し何の反応も示さない。



スカートとコルセット

 メアリーは、シャーロットとの最初の仕事で、古い皮の作業靴を差し出すが、仕事に対する意欲がない彼女は、それを履かない。浜での汚れ作業のため、メアリーはロングスカートをたくし上げる。その下からズボンが現れるが、それは防寒対策であるとともに、作業着の意味合いも持つ。
富裕階級の女性はコルセットを手離さないが、ここで、階級差を象徴的に表すのだ。働かなくてもよい階層の女性と働く女性の違いである。この2つの階級の身分差と男女の差は、本作の隠されたテーマとして全編を通して流れる。



冷戦状態のメアリーとシャーロット

 2人は打ち解けることなく、余計な口も利かない。ある時、口論となり、シャーロットは前後の見境なく、扉を開け、家の外まで来ている海の中に入り、その揚げ句高熱にうなされる。
往診の医師の指示で、メアリーが24時間看護する。彼女は「何で私が面倒を看なければならないの」と大むくれ。自分のベッドをシャーロットに譲り、イスで眠る彼女はますます怒り心頭。メアリーの看護のおかげで、シャーロットは快方へ向い、少しずつ以前のトゲトゲしさが消えていく。



音楽会

 メアリーは、病が癒えたシャーロットと一緒に、医師から自宅の音楽会に招かれる。互いに着替えの手伝いをし、ドレスアップしウキウキする2人。この音楽会を境に2人の仲に変化が現れ、終盤へと舵が切られる。
ここが演出上の転調である。暗く、重苦しい筋立てだが、1つ1つの話に緊張感があり、作品のリズム感は悪くない。
ウキウキ気分で出かけたが、上流階級のご婦人たちに交じって上機嫌な様子のシャーロットを見たメアリーは、カチンときて雨中1人で退席する。普通ならここで終わるところを、もうひと工夫が凝らされている。



ラブシーン

 メアリーを追って慌てて帰宅したシャーロットは、彼女の心中を推し量り、「今晩のあなたは輝いていた」と慰める。メアリーも機嫌を取り直す。翌朝、初めて作業靴に履き替えたシャーロットとメアリーは大きな化石を掘り当て、達成感に浸る。2人の間に信頼感が生まれ、ここから女性同士の恋へと転化する。
この成り行きで、2人は性愛の極致の快楽を味わい尽くす。裸体を見せず着衣のままだが、2人の愛の激しいエロチシズムが見る者を圧倒する。この性愛について、主演のケイト・ウィンスレットは「男女間では縦の関係だが、同性間では対等であることに気付いた」と語るが、この対等な関係こそ、女性が常に求めていたもので、これは彼女の卓見である。



別れと再会

 翌朝、夫の催促で急にロンドンへ帰宅するシャーロット。失意のどん底である。互いの解放感を求めながらも、とりわけ心を閉ざし生きてきたメアリーだけに、この別れの打撃は強かった。そこに、ロンドンからシャーロットのレターが届き、メアリーは船に乗り駆け付ける。
豪華なマンションでの久しぶりの再会、いつも以上に、再会を喜ぶシャーロット。大英博物館でメアリー自身が採集した化石を見る予定を、最初に見せたいものがあると、曲げさせる。案内された部屋、シャーロットはメアリーとの共同生活を考えていたのだ。
しかし、メアリーの反応はシャーロットの期待と逆であった。メアリーは故郷の浜での化石採集と考古学研究を続ける気持ちが強く、「あなたにハメられた気持ち」とばかり、シャーロット邸を後にする。そして、化石が展示される大英博物館へと向かう。
ラストは、展示のガラスケースを挟み、後を追ってきたシャーロットと無言で向き合う。ここには、恋の炎が激しくぶつかり合う。余韻のある幕切れだ。
女性同士のラブストーリーの形を取り、同性間のつながりの濃さ、強さがにじみ出る物語だ。作品全体の構成が堅固で、たるみがない。また、メアリー、シャーロットとの階級差のある愛情関係には、ひりひりするような緊張感が漂っている。
本作では、女性のさらなる権利の向上と対等な関係を求めるテーマが力強く語られる。傑作である。




(文中敬称略)

《了》

4月9日よりTOHOシネマズ シャンテ他 全国順次ロードショー

映像新聞2021年4月12日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家