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『ホロコーストの罪人』
ノルウェーでのユダヤ人虐殺
地元の秘密警察がナチスの代わりに先導
生存者の証言による実話を基に

 最近はドイツ・ナチスものが多く上映され、それも従来のナチスは悪、ドイツ国民は善との定式を覆す作品が増えている。今回紹介する『ホロコーストの罪人』(2020年/エイリーク・スヴェンソン監督、ノルウェー、126分)は、北欧・ノルウェーを占領したナチスとノルウェー人がメインの登場人物である。ナチスの侵攻がノルウェーにまでも及んだことに、まず驚かされる。

収容所のチャールズ 
(C)2020 FANTEFILM FIKSJON AS. ALL RIGHTS RESERVED.  ※以下同様

連行されるユダヤ人、オスロ港

ブラウデ家の正餐

収容所でのナチスの暴力

連行されるユダヤ人婦女子、母サラ(右)

ノルウェー秘密警察のヒトラーの写真

1人残されるラグンヒル

収容所内の父子

連行されるチャールズ

ボクシングに興じるチャールズ

3兄弟の最後の別れ

ナチスの占領

 1939年のナチスのポーランド侵攻を皮切りに、ナチスは欧州諸国を戦争へと巻き込んだ。ナチスは小国ノルウェーまで攻め入り、隣国であり、中立国スウェーデンは手つかずとは、奇異な感じを受ける。
歴史的にみると、1910年ごろ、1000人ほどのユダヤ人移民がノルウェーに在住していた。1940年4月、ナチスはノルウェーを占領、同年6月、国王ホーコン7世・政府要人は英国に亡命、対独レジスタンスを指揮。ちょうど、ナチスのフランス占領当時のド・ゴール将軍の英国亡命と同様だ。
1942年から事態が動き出す。同年10月に15歳以上の男子が一斉逮捕され、国内の収容所に一時的に集められる。そこでナチスの指揮のもと、強制労働に使役される。翌11月には、ユダヤ人女性・子供が拘束され、国外のアウシュヴィッツ絶滅収容所に移送、ただちにガス室で虐殺。第二次大戦中に773名のユダヤ人が移送され、わずか34人のみが生還。そして、1946年5月、ドイツ(ナチス)降伏、ノルウェーは解放される。
600万人を強制収容所で虐殺したナチスは、ノルウェーでの虐殺数は少ない。しかし、占領統治に地元民ノルウェー人を使うところに、他国と異なる特徴がある。
前述のように、現在、ナチスものが堰(せき)を切ったように製作される背景には、1980年ごろから、占領時の当事者たちの証言がある。それは、彼らは老齢となり、亡くなる前にナチスの犯罪を語らねばならなかったのであろう。 
  


国内の反ユダヤ感情

 ユダヤ人たちは、移住国で経済的に成功し、その反感が一般市民の間にあったことは、ユダヤ人虐殺の大きな要因であり、占領各国の人々は多かれ少なかれ、同胞とは見ていなかったのではなかろうか。
ドイツ国民の、目に見えない密告やナチス協力、そして、ノルウェー国民たちのナチス協力について、戦後国内では語ることがタブー視されていた。また、ナチスは侵攻・占領した国家の住民たちの財産の没収が目的の1つであり、ユダヤ人排斥は、彼らの経済力を弱める意図が見られる。



ノルウェー警察の支配

 
占領されたノルウェーでは、ナチスの本部が設置され、ナチス高官の命令がノルウェー秘密警察に下り、警察がユダヤ人狩りに一役買っていた事実がある。前述のように、ホロコースト生還者の一部が自らの体験を公的な場で証言し始めた。
そして大事なのは、1990年代の歴史認識の見直しで、戦時中、父親世代は何をしていたのかの疑問を、子供世代がぶつけ始めた、とりわけ対独協力問題の再検討に関心が集まる。
ドイツ国民のナチス協力問題については、拙稿『暗殺者たち』(2021年7月19日号)でも触れた。ノルウェーにおいて、占領された同国民の中に対独協力者が含まれ、この点に触れまいとして、自己保身のため該当者たちが80年代ごろまで沈黙を守る。そして、ナチスに代わり先導したのが、ノルウェーの秘密警察である。
その指揮を執った人物がクヌート・ロッドで、解放後逮捕されるが、1948年に無罪判決が下される。何とも不思議な裁判であるが、生存するナチス協力の当事者への配慮からか、追及の矛先を鈍くしていたことは容易に想像できる。
ドイツ国内でも、戦後多くのナチス親衛隊が一般市民の中に潜り、肉屋やパン屋として存在した事実と同根だ。一握りの上級幹部だけが司直の手に委ねられ、ほかは巧妙に追及を逃れた。
イスラエルの特務機関が、アルゼンチンでアドルフ・アイヒマンを1960年に逮捕、62年にイスラエルで裁判判決により死刑執行。大物戦犯として捕らえたのはアイヒマン1人とする説がある。
ノルウェーのユダヤ人移送には、警察やタクシー運転手が手を貸したことは明らかになっている。



地元住民の本音

 ノルウェー側におけるユダヤ人連行の秘密警察本部の指揮者が徹夜の執務で朝を迎える。そこに女性事務員が出勤し、ユダヤ人連行のニュースを聞き、「せいせいした。彼らがいなくなって」の一言、当時の世論の一端を表している。
あたかも、ユダヤ人こそ諸悪の原因ととらえる、一般大衆の心情そのものだ。



ブラウデ家

 本作は、実話に基づく原作がある。マルテ・ミシュレ著の英題『Betrayed』(「裏切者」の意)である。
序章で、平和そのもののユダヤ人家庭、ブラウデ家が登場する。善良でおとなしい父親ベンツェルに代わり、母親のサラが一家を仕切る。
安息日に、帰宅の遅い息子たちに対しイライラする様が、平和の家庭の象徴であり、彼女は安息日の正餐(せいさん)の時間を守らない彼らにおかんむりである。ここに、母親が一家をまとめ、彼女が信心深いユダヤ教徒であることが見て取れる。
遅れてきた二男のチャールズ(ヤーコブ・オフテブロ)は、母親をなだめ、食前の祈りを捧げる。一家は、ほかにソーセージ店を営む父親を手伝う兄のイサクと弟・ハリー、そして今夜は特別に両親への紹介を兼ねて、チャールズの婚約者ラグンヒル(クリスティン・クヤトゥ・ソープ)が招かれている。
後に、チャールズとラグンヒルは結婚する。興味深いのは、ブラウデ家の人々は、ユダヤ人よりはむしろ自身を元々のノルウェー人と信じ込んでいることだ。


事態の一片

 平和な生活も1940年4月にナチスがノルウェーへ侵攻し、占領することで一変する。最初は空襲、全員防空壕への避難。次いで、ナチスのオスロ占領と統治。ナチスに代わり、ノルウェーの秘密警察の直接統治。ここが、ナチスの占領政策の狡猾(こうかつ)なところ。多分、人口の少ないノルウェー(人口535万人、面積は日本とほぼ同じ約38・5万平方?)だから可能であったのだろう。
ナチスの占領下、逃れる唯一の手段は、隣国スウェーデンへの亡命である。長姉のヘレーンは、母親の勧めもあり、占領初期にスウェーデンへ亡命したが、残された家族は、秘密警察の手によりアウシュヴィッツ絶滅収容所へ送られ、ガス室で虐殺される。
ユダヤ人の男性・女性とも、同日同じ貨物船で、オスロ港からアウシュヴィッツへ送り出される。ブラウデ家の人々は一瞬港で顔を合わせるが、これが家族の永遠の別れとなる。ただし、チャールズの妻ラングヒルは、アーリア人ということで連行を免れ、チャールズも数少ないアウシュヴィッツの生存者として、2人は戦後再会を果たす。しかし、その後2人は別れる。
物語の構成として、最初はユダヤ人の平和な家庭、空襲を境としノルウェー人の手で絶滅収容所送り、家族の離散、1人残される若妻と、時系列で物語は進行する。奇をてらわないオーソドックスな手法であり、これが戦争の実体を浮き彫りにする。各章ごとにメリハリが効き、力強さが伝わる。
今までとは異なる視点からのナチスもので、見応えがある。





(文中敬称略)

《了》

8月27日(金)、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

映像新聞2021年8月30日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家