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盛況だった「ドイツ映画祭2008」
刺激的な若い監督のパワー


 2005年より始まったドイツ映画祭、今年で4回目を迎え、10月31日から11月3日まで4日間、新宿バルト9で開催され、大盛況裡で幕を閉じた。昨年までの有楽町・朝日ホール(7百名収客)から新宿へ会場を移し、4百席ながら、毎回大入りで、実質的に昨年を上回る動員であった。この映画祭の波及効果で日本に於けるドイツ映画観客は60%増えた。ここから配給された作品には「真夜中のピアニスト」(07)、「ゾフィー・ショル−最後の日々」(05)、「マーサの幸せレシピ」(04)などの秀作があり、今年度も配給会社の活発な動きが見られた。

新宿に会場を移し、若者の入場増

 当初はドイツ映画輸出公団、ドイツ文化センター、朝日新聞の三者の主催だったが、経済的理由で朝日新聞が降り、開催が危ぶまれた。しかし、ドイツ側による単独費用負担が8月半ばぎりぎりに決まり、会場も急遽新宿バルト9となった。新宿開催により若者の入場が増え、また、ドイツ人の姿も数多く見られた。朝日新聞が脇に回り、窮余の策としての新宿会場、大成功であった。来年度開催について、ドイツ側は影響力の大きい朝日新聞の主催団体復帰を希望している。


丸ごと見せるドイツ映画

 今回の出品作品選考基準は、難解でなく分かり易く、質の高い作品に焦点を絞った。合計7本の多岐の分野に亘る新作と傑作サイレント映画の演奏付上映である。その演奏付上映は当映画祭の名物であり、今回は「巨人ゴーレム」(20)と「カリガリ博士」(19)が採り上げられた。演奏は作曲とピアノを担当したツィンマーマンと、ヴァイオニストの娘、サヴリナのコンビで、この親娘は毎年来日し、サイレント映画を蘇らせている。シーンに合せたドラマチックな音楽は、ともすれば退屈になり勝ちなサイレント作品に新たな息吹を与えた。
全体で9本、四日間のこのミニフェスティヴァルだが、内容の濃さでは、ここ数年、国内で催された最高のフェスティヴァルであろう。


「クララ・シューマンの愛」配給決定

「クララ・シューマンの愛」

 フェスティヴァルとは、映画を上映し、ビジネスに結びつける場であり、広義の見本市といえる。主催者によれば、今回は既に「クララ・シューマンの愛」(以下クララ)の配給が決定し、他に「ノース・フェイス−アイガー北壁」が現在交渉中、「耳のないウサギ」も配給有力候補となっている。
「クララ」は、シューマン夫妻と若き日のブラームスの交友を綴った作品。ブラームスの才能を高く買う夫妻は自宅に彼を住まわす。夫は、若い彼に同性愛的なほのかな感情を抱く。
妻のクララは、母親のように接する。しかし、若いブラームスは彼女に恋心を抱き、不倫関係が匂わされるが、本筋はブラームスのクララへの変らぬ愛である。3人の交友関係を大胆な解釈で描くのが、「ドイツ・青ざめた母」(80)などで日本で良く知られ、ブラームスの血筋を引くヘルマ・サンダース=ブラームス監督である。この作品は音楽モノとして成功しているが、それは音楽を前面に押し出したところにある。クララを演じるマルチナ・ゲデック(「善き人のためのソナタ」〔06〕)の聡明で母性に富む役柄がひと際目立つ。


ドイツコメディ

「耳のないウサギ」

 ロマンチック・コメディ「耳のないウサギ」は軽やかに笑える良質のコメディだ。ドイツで650万人動員したドイツ映画至上屈指のヒット作品。監督・主演のティル・シュヴァイガーはドイツの誇るスーパースターである。
この彼はキワモノ新聞のスキャンダル狙いを得意とするプレイボーイ。彼は、名誉毀損で裁判に負け、幼稚園での奉仕活動を申し渡される。その彼を待っていたのは、昔、彼がイジメた、お堅い保母さん。チャンス到来とばかり、仕返しに燃える彼女だが、2人は次第に深い仲へと進展する。定番のロマンチック・コメディだが、登場人物を想定されるシチュエーションへ追い込み、偉大なるマンネリ現象を逆手に取り、作品に精気を与えている。ラヴ・コメディの古典的傑作「或る夜の出来事」(34)(フランク・キャプラ監督)を彷彿させる快作。

アイガー北壁への挑戦

「ノース・フェイス−アイガー北壁」

 映像新聞の読者の中には直にアイガー北壁を見た方々もおられるであろう。実際、垂直に切立つ黒く暗い北壁を目の当たりにすると、到底、人間が上れるとは思えず、恐ろしさが先立つ。この北壁の初登頂を目指す、ドイツ人2人とオーストリア人2人の実話の映画化が「ノース・フェイス−アイガー北壁」である。時代は1936年、政権をとったナチスが国威発揚を狙い、宣伝材料として利用した事実がある。2組のチームは、悪天候、落石で登頂を断念し、下山するが、その途中での凍死と悲劇の一部始終が描かれている。当時の装備は現在とは比べものにならない貧弱で、ヘルメットも被らない登頂であった。ハラハラし通しの登頂のスリルは、大掛かりなパニックアクションを越えている。
 ドイツは戦前から山岳映画の伝統があり、今作はその伝統を受継いでいる。ザイルとハーケンだけが頼りの登山家の息遣いまで丁寧に写し込むディテールの強調により、山岳映画の濃度を高めている。


全体主義への傾斜

「ウェイブ−あるクラスの暴走」

 現代のドイツでは学童、生徒がウンザリするほど、反全体主義教育が徹底している。それを描くのが「ウェイブ−あるクラスの暴走」である。ある高校の特別授業で「独裁制」について学ぶことになり担任が指導者となって、独裁性が発生するメカニズムを探る。そして、先ず、指導者への絶対服従が求められ、クラス全体が一つの方向へ傾斜し、異分子は排除される。いとも簡単に、クラスの総意が独裁制支持となる過程が身近に起りうる問題として提起される。そこには反全体主義への強いこだわりがある。35歳の若手デニス・ガンゼル監督の強い問題意識と力は日本の若手映画人に欠けているところであり、彼らの箱庭表象的世界からの脱皮が望まれる。

ベルリン・オン・タイム

「ベルリンDJ」

 現在、ヨーロッパで一番興味深い都市はベルリンとバルセロナとされている。そのベルリンの現在を見せるのが「ベルリンDJ」だ。テクノポップのカリスマDJ、パウル・カルクブレンナーが自ら主演し、一人のDJの音楽活動、薬物との闘い、彼を取り巻くテクノ音楽の世界と、ナマ生のベルリンに触れられる面白さがある。カルクブレンナーは年に2回、渋谷のディスコ「ウーム」に出演し、テクノファンの間では良く知られた存在。上映後の監督とのティーチ・インでは、テクノオタクたちが質問をするが、そのこだわりと細かさに驚かされる。

「HANAMI」

「HANAMI」

 日本に強い関心を抱く女流監督ドリス・デリエ作品で、08年ドイツ映画賞銀賞を受けている。(金賞はファティ・アキン監督の「そして、私達は愛に帰る」で、09年正月公開決定)
物語の前半は初老のドイツ人夫妻が主役。夫は几帳面な勤め人、妻は夫の世話をする主婦、彼女は日本の前衛舞踏に興味を持ち、日本旅行が夢である。その妻が突然亡くなる。後半は、妻に代わり夫が訪日し、彼女が見たがった花見や富士山を見て妻の供養をする。滞在中にホームレスで桜の下で舞う、前衛舞踏の踊り手である若い日本人女性と知合う。彼には独立した子供たちがいるが、皆面倒がり、親身になって世話をしない。このシチュエーションは小津安二郎の「東京物語」から想を得ている。
一見、観光的な印象を与えるが、作り手、デリエ監督は異文化との出会いに重点を置いている。混濁した東京の喧騒極まりない光景が、外国人の目というフィルターを通せば、独特の存在感が現われ、そこには発見の喜びがある。前衛舞踏の踊り手、イリ入ヅキ月アヤ絢は今年25歳の現役のダンサーである。彼女とドイツ人男性の東京での出会いと交友は「HANAMI」のハイライトである。そして、後半部に登場する入月は場をさらうほどの存在感を見せる。作りものでない自然な立居振舞いが際立つ不思議な人物像だ。


おわりに

 大変に刺激的な今年のドイツ映画祭であった。作品が厳選され、ドイツ映画の面白さが若い観客に浸透した様子が見てとれる。
特筆すべきは女性のデリエ監督、サンダース=ブラームス監督を除き、監督たちが非常に若い。最高が45歳、最年少が31歳であり、彼らにパワーが感じられた。
作品的に、現代ドイツそのものを示す力作が並んだ。ロマンチック・コメディの「耳のないウサギ」、全体主義への傾斜の恐怖を描く「ウェイヴ−あるクラスの暴走」、ベルリンの今を再現した「ベルリンDJ」である。音楽では「クララ・シューマンの愛」、伝統の山岳映画では「ノース・フェイス−アイガーの北壁」、児童文学で世界的に知られるプロイスラーの原作「クラバート−謎の黒魔術」、そして、異文化との触れ合いに独自の視点を見せる「HANAMI」と粒揃いだ。総て見応え充分で、このような映画祭は珍しい。




(文中敬称略)
映像新聞 2008年11月24日号記載
《了》

中川洋吉・映画評論家