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「ジョジアンヌ・バラスコ監督来日インタヴュー」

仏で人気のコメディ

バラスコ監督(c)八玉企画

 「フランス映画祭2009」はフランスが日本マーケットでぶつけたい作品が網羅されている。全体15本のうち、売り易いホラーもの3本を含み、面白い品揃いであった。現在のフランス映画はCNC(国立映画センター)システムによるテレビ局資金で順調に稼動している。また、興行的には、観客の根強いコメディ嗜好がある。
そのコメディ分野での収穫、ジョジアンヌ・バラスコ監督の「顧客」とダニエル・トムソン監督の「コード」が上映された。トムソン監督の来日は最終的にキャンセルになったが、バラスコ監督には自作「顧客」について、映画祭期間中、詳しく話を聴く機会を得た。



女優、劇作家としても代表格

バラスコ・アギラ夫妻(c)八玉企画

 ホテル・オークラのインタヴュールームに入って驚いた。劇中、インディアン役を演じたジョージ・アギラーがバラスコ監督と並んでいる。がっちりした巨体、精悍なインディアン独特の赤銅色の顔、お笑いの俄か作りインディアンではない。この2人、実生活では夫婦であり、バラスコ監督自身ひどくご満悦の様子であった。彼は在仏9年で、役者として長いキャリアを持ち、フランス語も流暢に話す。新婚旅行はテキサスで、アギラー自身は年4回里帰りするとのこと。
 バラスコ監督は劇作家であり、女優としても人気が高い。小柄でいささか太めの彼女、女性漫才、今いくよ・くるよの、太目のくるよ的な感じ。丁度パリ下町のお人好しでちょっと厚かましいオバさんといったところで、そこが受けている。そのオバさんがポンポンと周囲を言い負かす、頼りになり、楽しいキャラクターで、アンチ・セックス・シンボルの威名をたてまつられている。自作の映画化の場合、彼女が出演することをプロデューサーは要請する。彼女が出ると何か面白そうと、興行成績が跳ね上がる。劇作家としての彼女の才能は広く知られているが、実際、直接話を聴くと、その頭の良さ、機知に富むエスプリに舌を巻く。


コメディの根強い人気 観客と交流しやすい分野

 フランス映画で昨年、歴史的なヒット作品が登場し、興行記録を更新した。「ようこそシュティスへ」で、フランス北部の郵便局を舞台とする地元の人と他所者との交友を描くもの。大スターも、大物監督もいない、ご近所ものコメディで、誰も大ヒットを予測していなかった。このヒット作、日本配給は未定だ。
 この一年のフランス映画のヒット作の二位は「アステリックスのオリンピック」と、これまたコメディ、三位はアメリカ製アニメの「マダガスカル2」と、コメディの興行的強さが歴然としている。一般大衆向けの娯楽作品が興行を引っ張り、その牽引車がコメディである。このフランス人コメディ好きは伝統的なものがあり、映画興行を支える大衆は芸術作品より、コメディを好む図式が存在する。


脚本の狙い

「顧客」
 既にフランス映画祭2009(3月23日号)でも「顧客」については触れたが、もう一度、粗筋を紹介する。主人公はテレビ通販のキャスターでナタリー・バイが扮する。彼女はいわゆるキャリア・ウーマンで、地位と金に恵まれ、バツ一で今は独身、そして時折、エスコートクラブの男性と関係する。
 タイトルの「顧客」はこのクラブの会員の意であり、彼女の相手をする青年は純朴な職人で、家計を助けるために、アルバイトでクラブに属している。金で性を買う裕福な女性と、労働者階級の青年との性的交友が次第に愛へと移り始める。夫のアルバイトに気づいた若い妻が必死の思いで引き戻し、最後は裕福な女性が身を引く、お定まりのパターン。このラスト、分かっていながら、しんみりさせる。悪女になり切れぬ裕福な女性の涙が胸に迫る。ここがバラスコのシナリオの腕である。
 主人公の女性は、姉と同じアパルトマンに隣り合わせに暮らし、四六時中互いの住居に入り、好き勝手に言い合いをしながら暮らす。その姉にバラスコが扮し、インディアンの恋人を作り、ルンルン気分に浸っている。
 このサイドのスジがメインを引き立てているが、そこがバラスコ脚本の狙いである。甘く、ホロ苦いコメディであり、身につまされるハナシが笑いのオブラートに包まれ展開される。



女性の側から捉えた性の欲求

 バラスコ監督は
「この作品で大事なことは、女性の側から見た性の欲求を介して、異なる社会階層を描くこと」と強調した。
「バイの主人公は自分をコントロールし、男のように生きてきた女性であり、若い男との出会いで自分の中の女性としてのサンチマンに気付き始める。このことは、人を愛し、愛に苦しむ、自分を確認することであり、女性の性的欲求は男性とは異なるもので、今作では、娼婦に恋する男性という従来のシチュエーションをひっくり返すことを狙った。そして、男性を買う女性が必要とするものは、金による性的満足だけではなく、男性の眼差しを肌で感じ、誘惑ゲームを楽しみ、男性の関心を引き寄せることが女性にとり大変重要なことをも描きたかった」
 ここに女性の性の受け取り方、社会階層の違いというシナリオの意図が読み取れる。



監督、女優として

 バラスコ監督は劇作家として高く評価されている。同時に、客を呼べる女優でもある。観客は太目の、何処にでも居そうなオバさんを見て、笑えるという確信をもって映画館へ足を運ぶ。
 彼女自身、役者としては
「自分は他の女優さんと違うことは充分意識している。また、役の範囲も他の人よりも広い取柄があるかも知れない」と話す通り、若い女性からお得意のオバさん、老け役と幅広く演じられ、美人系女優では出せない味がある。
 創作、シナリオについても
「人は私のことをコメディの書き手と思っているかも知れないが、私自身はいつもシリアスなものしか書かない」と真顔で爆笑発言。笑いのとり方が上手い。


コメディについて 観客が受け入れのサイン

 コメディの意義について傾聴すべき意見を述べている。
「何故、自分はコメディで書くのか。それは、コメディは観客との交流がし易いという利点のため。客が笑ってくれたことは、受け入れられたサインなのです。例えば、『顧客』を見た50代の女性から、同じ世代の心情が良く描かれていると言われました。そして、50代でも、未だラブ・ストーリーが似合うことを描いてくれてありがとうと、礼を言われました。このファンの反応、コメディであるから同世代の女性の胸の中にスーッと入り込めたもので、同世代の女性へのエールであり、コメディスタイルの効用でもある」


活動の原点

 映画、演劇、劇作に活躍するバラスコ監督の活動の原点は、劇団スプランディッドにある。
 70年代初頭に、パリにカフェ・テアトルブームが起きた。従来のコメディ・フランセーズ、ブールヴァール喜劇のクラシックに対し、若い演劇人たちは、自分たち独自の活動の場を求め創り上げた演劇活動である。名声も経済力もない彼らは、拠点をカフェに求め、そこで演劇活動を始めた。
 丁度この頃、パリのリセの仲間を中心に結成されたのが劇団スプランディッドで、そこから現在フランス映画界で活躍する面々が世に出た。バラスコ監督以外に、ミッシェル・ブラン(「仕立屋の恋」〔89〕)、ジェラール・ジュニョ(「バティニョールおじさん」〔02〕)、チエリー・レルミット(「メルシー!人生」〔00〕)、クリスチャン・クラヴィエ(「おかしなおかしな訪問者」〔00〕)などがいる。彼らは自分たちのスケッチを自分たちで演じた。このスタイルが、後にバラスコ、ブラン、ジュニョを監督への道を歩ませた。80年までスプランディッドで劇団活動をし、その後、各人独立し成功を収めた。彼らが描く対象は普通のフランス人であり、それをからかうような描き方を得意とした。何処にでもいそうな人たちを描くところに彼らの真骨頂があり、二枚目のレルミットを除き、皆、小柄で太目の冴えない容姿の持主で、ここが受けた要因でもある。冴えないキャラクターを売りにするあたり、日本で言えば、さしずめ、辛酸なめ子あたりであろうか。
 地味なカフェ・テアトル活動から、一躍注目を浴びたのがパトリス・ルコント監督の「レ・ブロンゼ 日焼けした連中」(78)、「レ・ブロンゼ スキーに行く」(79)である。ブロンゼ(日焼けの意)ものでスプランディッドのメンバーは有名になり、この大ヒットでルコントは大監督への切符を手に入れた。
 この身近なフランス人を描くスプランディッド出身者たちは、フランス・コメディに新風を吹き込み、バラスコ監督は新しいタイプのコメディ作家、女優としての代表的存在となった。





(文中敬称略)
  《終》
2009年4月20日掲載 映像新聞掲載

中川洋吉・映画評論家