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「フランス公共テレビ局のCM廃止」

 フランスのテレビも、日本同様、地上波デジタル移行は2011年である。この移行を前に、2008年初頭からテレビ界を騒がす大きな問題が出現した。
従来、フランスでは、わが国と異なり、公共テレビでCMが放映され、これが同局の重要な財源となってきた。保守系のサルコジ大統領はこのCM廃止を提案し、物議をかもしている。
公共テレビでのCM放映は、わが国では全く考えられず、CM導入の話が出た際、民間テレビが猛反対した経緯があった。
国民から受信料を徴収し、更に、CM収入を得ることは、日本の現状からすれば、ひどく奇異に映るが、フランスではどのように受け止められているのであろうか。併せて、公共放送の受信料とCM放映にも触れる 。

 フランスには映画振興のために、国立映画センター(以下CNC)がある。筆者は、過去に本欄で何度も触れ、既に読者の中でご存知の方々も多いと思う。今回は、CNCの中でのテレビ産業(局)の果す重要な役割について改めて説明を試みる。
CNCの組織は半民半官であり、トップは政府任命、財源は民間からの拠出金で成り立っている。具体的には映画入場料の11%、テレビ局総売上げの5.5%が自動的にCNCの金庫へ入る仕組みが1986年、ミッテラン社会党政権の時に定められ現在に至っている。
その総額は、2006年統計で約5億ユーロ(邦貨800億円)、その内テレビ産業からは約70%が拠出されている。
テレビ産業(局)からの拠出は、主として公共テレビのフランス・テレビジョン(以下FT)と民間テレビのTF1とM6からとなっている。FTは、例えて言うならNHKの様な形態で、F2、F3、F4、F5、アルテ、そして、ラジオ・フランスとイナ(国立視聴覚研究所)から構成されている。

CMの廃止

ロラン・コルミエ CNCテレビ部門部長

 サルコジ大統領のFTのCM廃止案により、フランステレビ界、殊に、FT周辺は大きく動揺している。
FTは、受信料収入が17億9700万ユーロ(邦貨2875億円)、CM収入が7億5100万ユーロ(邦貨1202億円)で、受信料が68%、CMが28%とほぼ7対3の割合である。FTの2005年の年間予算は邦貨で4077億円であり、CM収入の占める割合は極めて重要だ。チナ因みに、2008年のNHK予算は約6450億円である。
FTのCM収入、現時点では約8億ユーロ(邦貨1280億円)の予定した額が消えるサルコジ案に、関係者が慌てるのも道理がある。

 このCM廃止に関し、映画・テレビ関係者の間から、サルコジならやりかねないという意見が出ている。財界寄りの姿勢を公然と打ち出すサルコジ大統領であり、民間テレビの雄TF1の後ろ盾、ブイグ社(ヨーロッパ一のゼネコン、形態電話事業にも進出)にFTのCMを流すためとの憶測がある。
CNCのテレビ部門のディレクター、ロラン・コルミエによれば、このサルコジ案、今年中に国会に提出され、審議を経て、2009年には法案成立と語っている。現在の保革の勢力を見れば、法案可決は既定の事実である。

受信料の国際比較

 CM廃止となれば、FTの財源は受信料収入のみとなる。
その受信料金の各国比較は次の通り、

国名 受信料金
日本 26,100円
フランス 18,560円
英国 25,500円
イタリア 16,000円
アイルランド 24,300円
ドイツ 31,000円
スイス 45,000円
韓国 2,840円
(出典:2005年東京新聞)


 世界の公共放送で、受信料収入でほぼ賄っているのは、英国(BBC 94%)と日本(NHK 96%)位で、他の国々ではCM放映は一般的である。事業収入における受信料の割合は、フランス61%、イタリア59%、アイルランド50%、ドイツ80%、スイス73%、韓国42%となっており、CM放映をしない国のほうが少数派だ。徴収する機関は様々だが、未払いに対する罰則がないのは日本くらいだ。韓国は電気料金の上乗せで徴収し、未払いはまず発生しない。


減少分の行き先

 現在のところ、公共放送のCM廃止案による不足分補填の議論は起きておらず、FTの力を弱め、巨大財閥が後に控えるTF1の肩を持つ政策の匂いがする。
8億ユーロのCMの行き先であるが、当然、民間テレビ大手のTF1とM6へ流れる。しかし、CNCのコルミエによれば、
「FTの8億ユーロ総てそっくり民間テレビに移行するとは考えにくい。TF1、M6、そして、有料テレビ、カナル・プリュス以外に、最近は広告料の大きな部分がインターネットへ向けられており、多分、テレビに残るのは6億ユーロ程度」
では、CM廃止で生じる不足分の穴埋めの具体策は、
「テレビ界全体から考えれば、FTのCMがそのまま、TF1を始めとする民間テレビへ行けばよいが、強力なインターネットの存在は無視出来ない。インターネットに加え、専門番組チャンネル局へも流れる可能性が大きい。そこで考えられることは、FTの受信料値上げである。過去に、国会の反対にあい、すんなりと決るとは思えないが、この値上げが現実的な手段と言えよう。フランスはヨーロッパの中で、イタリア、アイルランドを並び、受信料が安く、この値上げには説得力がある。
 もう一つ、心配されることは、FT予算の約3分の1はCMであり、これが零になれば、必ず質の低下が起こり得る。そのためにも、廃止で生じる、マイナス分カヴァーのための方策を併せて取らねばならない」
確かに、質の維持の問題は重要だ。例えば、NHK予算の3分の1が減額されたら、大問題にあるであろう。特に、昨今は、フランスでも日本でも番組の質の低下が問われる時代になっている。


CNCとの関係

 FTのCM廃止により、CNCのテレビ産業界からの拠出金減額の問題が出てくる。廃止が論議されている8億ユーロ、金額がすんなりと民間テレビへ移行すれば、CNCにとり問題はない。CNCは、公共、民間テレビ双方から従来と変わらず徴収するなら、全体額に変化がなく、CNCへの影響は避けられる。しかし、現在、力をつけているインターネットへの流失にはアラ抗がい難く、この点で、CNCは頭を悩ましている。


歴史

フランスのテレビ界におけるCMの存在は、70年代前半から始まっている意外な歴史がある。当時は、公共テレビ「ORTF」が唯一であり、その時期から公共テレビのCMは存在し、以後、連綿と続き現在に至っている。公共放送のCM放映は世界的スウセイ趨勢であり、現政府は、公共テレビの力を弱め、民間テレビに肩入れをしているとの批判がある。これに対する反論が、公共テレビにCMはおかしいとするスジ論である。しかし、この論議、既に、90年代、ミッテラン社会党政権の時のカトリーヌ・タスカ文化相がCM廃止を唱えたことはあまり知られていない。


おわりに

 CMの廃止に伴う、広告料の公共テレビから民間テレビへの移行は、現状況からは避けられない。しかし、大きな問題が残る。フランスのテレビ視聴率は、TF1(娯楽思考が強く、日本でいえば、NTVやフジテレビにあたる)に対し、FTのFR2−FR3との図式で、TF1の力が強い。この、エンターテインメント主体の局が益々強力となり、今後、娯楽路線を推し進めることは充分あり得る。そして、CMを失ったFTは、番組の質の低下に直面せざるを得ないことは想像にかたくない。質の面から言えば、現在議論のある受信料の値下げによる低下は、NHKが直面する可能性があり、その意味からして、FTの今後を見守る必要がある。




(文中敬称略)
映像新聞 2008年5月19日号より転載
《了》

中川洋吉・映画評論家