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「第21回東京国際映画祭2008」−その(2)

「アジアの風」部門で35本上映
根強い韓国作品の人気
最高賞に値する「クロッシング」


 東京国際映画祭(TIFF)で例年人気のある「アジアの風」部門(以下アジア部門)は、本年も多くの観客を動員した。アジア人の生活振り、そして、人生の機微に触れる、アジア人の等身大の人間像が一番大きな魅力である。今年は特集を含め35本が上映された。特集では、韓国のキム・ギヨン監督作品7本が採り上げられた。
これは映画祭ならではの企画であり、且つ貴重な試みであり、切符も完売と、根強い韓国映画人気を見せつけた。アジア部門、上映本数が多く、どう頑張っても半分くらいしか見られないのが、取材者として恨めしい。

韓国作品のパンチ力

「クロッシング」

 韓国作品「クロッシング」を今年のアジア部門の最高作に筆者は推す。監督のキム・テギュンは既に「火山高」(01)や「オオカミの誘惑」(04)で日本でも知られる、今年48歳の中堅実力派である。韓国映画アカデミー出身で、同国の映画関係者が実力を認め、期待をかける逸材だ。物語の舞台は北朝鮮の炭鉱地帯、主人公は小さな息子と結核を病む妻を抱える炭鉱夫。元はサッカーのスター選手である彼は、食糧不足に悩みながらも平穏な毎日を送る。事態が一変したのは、妻の妊娠と結核の悪化である。炭鉱夫の夫は、友人の中国での密輸の話を聞き、妻の薬代稼ぎに川を越え脱北し、中国へ渡る。北朝鮮の悲惨な状況が描かれているが、一般に流布される悪い面を強調した情報の羅列であり、ワンパターンな一面が見え食い足りない、例えば食糧不足、官憲の暴力などの描写である。
 
 中国へ渡り働きながら蓄えた金で、妻のための薬を入手する。その頃、妻は病の進行により死去、息子は施設へ送られる。その事実を知る術のない夫は、脱北援護団体の手でソウルへと送り出される。妻子の安否を気遣うが何もできない毎日、そこへ息子の脱北のニュースが届けられ、モンゴルへと迎えに出るが…。ここには、脱北者の厳しい環境、底流には家族愛が採り上げられている。ヒューマニズムを希求してやまぬ強さが前面に押し出される。いつの世も、弱い者の上に負担がのしかかる冷酷な事実の重みが見る者を圧倒する。
1992年の東京国際映画祭最高賞作品「ホワイト・バッジ」(92)(チョン・ジヨン監督、アン・ソンギ主演)を思い起こさせた。同作は同盟国アメリカのためにベトナム参戦した元兵士たちの戦争体験を描いたもの。「ホワイト・バッジ」を見た後、直ぐに最高賞を確信したが、「クロッシング」にも似た感情を抱いた。この作品、今年のアジア部門の白眉だ。

インドの快作

「行け行け!インド」
 快作と呼ぶに相応しいのが、インドの「行け行け!インド」である。主人公たちは女子ホッケーチームの監督とメンバー。男子ホッケーではインドは世界の強豪だが、女子チームは弱小で、監督のなり手がいない。そこで、引っ張り出されるのが、かつての男子チームのスター選手で、たった一回の決勝ポイントを外したばかりに、大ブーイングを受け、閉門蟄居(チッキョ)中の男が登場。この監督役に、ボリウッドのスーパースター、シャー・ルク・カーンを持ってくるあたりがこの作品の成功の要因であろう。彼は、歌って踊ってのインド映画最大のスターである。
ダメ女子チームが下馬評を覆し世界一となる、スポ魂ものである。個性の強いメンバーと従わせようとする監督との四つの取り組み、他愛ないが、楽しく見られる。娯楽映画の見本のような、実に面白い作品。

タイの新星

「ワンダフル・タウン」

 タイの監督といえば、アピチャッポン・ウィーラセタクン(「真昼の不思議な物体」〔00〕)が有名で、彼の前衛的手法は国際的に高く評価されている。但し、彼以外の監督作品は知られていない。今年、アジア部門に出品された「ワンダフル・タウン」は実験性を排したトラディッショナルな映画の良さを見せてくれる。
インド洋大津波で被害を受けた海辺の町が舞台。そこへ、復興計画に携わる若い建築家が往時の一流で今は安ホテルに長期逗留する。そのホテルの若い女主人公と男との淡い恋を追う筋立て。南国的な、一寸気だるい緩やかなリズムで日々が進行する。この、緩やかさが心地良い。アジアの人々の体内の鼓動であろう。
何か起きそうで起きない。それでも、心地良さが残る。慎ましやかさと、優柔不断な男女の気持の交錯、しっとりとした時の流れを感じさせる。

生きていく人々

 福岡映画祭 アジアフォーカスで上映された作品。香港の庶民生活を暖かく描くアン・ホイ監督作品。描かれる世界は、何十年、何百年続く、普通の人たちの毎日であり、テーマ自体は古くなりようのない、普遍的な拡がりがある。良質な娯楽作品で本領を発揮する同監督作品、ズシンとした重みをもって見る人たちの中に浸透、見応えがある。


きらめく映像美

「陽もまた昇る」

 溢れる映像美に浸るなら、中国の名優であり、「鬼が来た」(00)の監督で知られるチアン・ウェン監督・主演作品「陽もまた昇る」がお薦め。四つのエピソード、狂気、愛情、ライフル、夢が語られ、最後はその連関性が明らかにされる。この各エピソードが少々分かりづらいのが難点。しかし、最初のエピソードの舞台である緑溢れる雲南の農村、その後に展開されるゴビ砂漠、インドネシアのエピソードなど、息を呑む美しさがある。チャン・イーモ監督、チアン・ウェン主演の赤を基調とした「赤いコーリャン」を彷彿させる色彩の世界、色に酔わされる。


キム・ギヨン特集

「下女」アジア、キム・ギヨン監督特集
(写真協力:韓国映像資料院)

 昨年、韓国のキム・ギヨン監督の「高麗葬」(63)が復元上映され、韓国映画史に残る彼の作品7本が今年特集アンコール上映された。韓国映画製作の黄金時代といわれた60年代から80年代にかけて活躍した異色の作家で、不条理、怪奇ものを得意とする。日本で例えるなら「東海道四谷怪談」(59)で知られる中川信夫監督というところか。今回はそのうちの1本で、今年のカンヌ映画祭で特別復元上映された「下女」(60)に注目が集った。妻妾同居の家庭悲劇で、そのオドロオドロしさはまさに怪作と呼ぶに相応しい。同国の国民的俳優アン・ソンギの子役での出演も話題だ。ただ、当時の彼から、大俳優の片鱗を嗅ぎ取ることは難しい。



ワールドシネマ

「ハッピー・ゴー・ラッキー」

 この部門は海外の映画祭で高評価を得ながら、日本公開が難しい作品を集めている。今年カンヌ映画祭「或る視点」部門のオープニング作品「ハンガー」、同映画祭監督賞のトルマ作品「スリー・モンキーズ」、デンマーク内のアラブ人を描く暗黒映画「ジャミル」、そして、フランスでロングランを続ける、移民たちの生活を描く「クスクス粒の秘密」など秀作揃いだ。中でも、マイク・リー監督の「ハッピー・ゴー・ラッキー」の女教諭の物語は実に弾け楽しい。同席の男性がトイレの席を立つ時、彼女が「よく振ってね」と声を掛ける。一見、悪趣味極まりないギャグだが、最終的に誰にでも優しすぎる彼女の人柄が分かる。マイク・リー流の人間観察劇だ。
ワールドシネマ部門、恐らくTIFFの中で一番ハイレベルであり、最新の名作を見られる絶好の機会だ。



今年のTIFF

 既報通り、コンペ部門のレベルは上っている。アジア部門の内容のレベルについては、インパクトのある作品が少なくなった印象だ。そして、作品自体が難しくなっている。作家性が強まった分、見る側にとり、つまらなくなったようだ。この事実、11月1日から5日まで開催する「第9回NHKアジア・フィルム・フェスティヴァル」と比較するとよく分かる。
NHKの方は、合計6本とミニフェスティヴァルではあるが、インパクトがあり、今年はことにコクのある作品が揃った。TIFFのアジア部門には、生活に根ざしたコクのある作品が少なかった。選考作品が毎年良いわけではなく、次年度に期待する。

●受賞結果
最高賞 「トルパン」(カザフスタン)(セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ監督)
審査員特別賞(第二席) 「アンナと過した四日間」(イエジー・スコリモフスキ監督)
最優秀女優賞 フェリシテ・ウワシー(「がんばればいいこともある」〔仏〕)
最優秀男優賞 ヴァンサン・カッセル(「パブリック・エナミー・ナンバー1」〔仏〕)
最優秀芸術貢献賞 「がんばればいいこともある」(フランソワ・デュペロン監督)

●審査員
委員長 ジョン・ヴォイト(米・俳優)
  マイケル・グラスコフ(米・プロデューサー)
フォ・ジェンチー(中国、監督)
セザール・シャローン(ウルグアイ、撮影監督)
壇ふみ (日、俳優)
高田宏治(日、脚本家)


(文中敬称略)
映像新聞 2008年11月17日掲載
《了》

中川洋吉・映画評論家