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「カンヌ映画祭2008 その(4)−併行部門に注目作品」

 取材する側として、コンペ部門作品を全て見ることは義務である。そのほかの作品についても出来るだけ見る努力はするが、時間的制約があり中々難しい。その中で、あらかじめ勘をつけてみる作品の中の秀作を見出した時の喜びは大きい。
監督週間、ある視点部門作品は、宝探しの気分で見に行く。今年は、数本の注目すべき作品に出会えた。
 近年、ある視点部門にラインアップされる作品がよりアート的になり、監督週間と似かよっている。そこで、事前に選別して見ることが難しく、その点がプレスとして悩ましい。


衝撃の「ハンガー」

「ハンガー」

 ある視点部門のオープニング作品は「ハンガー」であった。監督はスティーヴ・マックィーンで、往年の大スターと同姓同名である。一体、どのような作品だろうか、とにかくオープニングだから見よう位の軽い気持ちで会場に入った。見終わった後は、衝撃で打ちのめされた。予期せぬサプライズだ。
 物語の舞台は北アイルランドの刑務所。主人公は北アイルランドの独立運動組織IRAの活動家。時代は1981年のサッチャー政権時。
 冒頭、逮捕されたIRAの活動家は、囚人服の着用を「政治犯であり犯罪者ではない」と拒否する。そして、特別監視房の政治犯たちは、自ら残された肉体という最後の手段を用いてブランケット・ノーウォッシュ闘争を実行し、所内での待遇改善を求める。この闘争は、囚人服の代わりにブランケットを身体にまとい、シャワーを拒否する抵抗。ある時、刑務所内で暴動が起り、一人の政治犯が射殺される。この死を契機として、政治犯はハンガーストを決行する。彼らの要求は極々普通のものであり、囚人服の拒否、報復的な重労働の免除、週一回の面会や郵便物の受取りなどである。

 そして、政治犯のリーダー格と目されるボビー・サンズがハンガーストを決行、9人のIRAのメンバーが彼の後を追った。彼らは2ヵ月後に衰弱死する。このサンズの死は殉死と受け取られ、当時、大々的に報道された。11歳だったマックィーン監督は、子供ながら大きな衝撃を受けた。時の首相、サッチャーは、IRAに全く譲歩せず強硬路線を突っ走ったが、ハンガースト死以降、待遇改善、しかし、英政府はこのことを公式には認めていない。
カトリック系少数派住民対英国との対立、英軍の力の政策で民族独立を目指す住民やIRAの犠牲は圧倒的に多い。抵抗とはいかなるものかを「ハンガー」は伝えている。作品の持つインパクトは並ではない。
映像的に驚くべきシーンがある。刑務所内で何とか政治犯を説得しようとする牧師と、ボビー・サンズの対決シーン。机を挟み両者は相対する。カメラはフィックスで延々と10数分廻る。シナリオは28ページ分。一切カメラの切り返しはなく、言葉だけで緊張感を盛り上げる。監督の才能を感じさせる。

 監督のスティーヴ・マックィーンは今年38歳の黒人。ロンドン生れ、英国育ちで、既に現代美術作家として名を成し、国外の有名な美術館に彼の制作作品が納められている。でっぷりし、精悍な容貌の彼、どこか挑発的な雰囲気があり、また何かやりそうな感じだ。
製作は、英国の教養局、チャンネル4と系列の制作会社フィルム4で、北アイルランド闘争、とりわけ、1981年のボビー・サンズ一党の殉死という歴史的事件に、新たな光を当てることをマックィーン監督に期待してのこと。フィルム4は、骨太で力のある作品を多く手懸け、ここの製作作品であれば先ず外れはない。



「最後の抵抗」

「最後の抵抗」
 監督週間では、将来必ず大物になるであろうと言われる、フランスのラバ・アメール=ザイメッシュの「最後の抵抗」が上映された。元々、フランス映画の中で移民ものとされるカテゴリーがあり、非常に力のある作品が多い。
移民ものとは、旧植民地マグレブ(アルジェリア、モロッコ、チュニジア)移民を扱うもので、主として社会下層からフランス社会を照射するものである。その代表作が2006年にカンヌで主演男優5人が主演男優賞を集団受賞した「アンディジェン」(植民地雇用兵の意)である。植民地のアルジェリア人が、宗主国フランスのために第二次世界大戦に駆り出されドイツと戦う物語。その監督ラシッド・ブシャレブは今年の審査員。
「最後の抵抗」の舞台は、パリ郊外のフォークリフト用パレットが山積にされたガレージ。登場人物はそこで働くアラブ人と黒人で、経営者はアラブ人。彼らは全員イスラム教徒である。経営者はこの赤いパレットが積まれているガレージをイスラム教のモスクとするが、イマーム(イスラム教の指導者)の任命をめぐり内部対立が起る。

 伝統的な移民ものと明らかに作風が違う。今までならば、在仏移民労働者はフランス人と同等な権利を主張し、そこから多くの摩擦が生じ、物語の芯が形成された。しかし、「最後の抵抗」では、外側から内側へ浸透しようとする移民たちではなく、既に、内側におり、その存在を確立するための拠り処がイスラム教となっている。自分たちの地に自分たちの宗教王国を建てようではないかとの立場である。従来の発想とは明らかに軸が変っている。この是非について、監督は、見る者に任せる立場をとっており、その分、どちらでも解釈出来る難解さ、分かり難さが伴うことも事実である。



「エルドラド」

「エルドラド」

 同じく、監督週間上映の「エルドラド」は、ユーモアにひねりが効き、味わい深い。エルドラドとは黄金郷の意だが、当作では黄金郷もどきを探すロードムービー仕立てとなっている。主人公は、中年の肥満親父と冴えない痩せこけた若者。中年男は中古外車セールスをやり、田舎で場違いなキャデラックに乗っている。この彼の家に忍び込むコソ泥が若い男。ベッドの下で息を潜める若い男が出てくるのを、何時間も待つ中年男の根気にまず笑わされる。その後、中年男は、外車に若い男を乗せ、彼を送る段となる。そして、その道中で、フルチン男、酒好きの老人に会う。すべて一般的尺度からずれ、浮世離れした人たち同士の交流。肩の力が脱け、そこが気持ちを和ませる。
 監督のブウリ・ラネールは、今年43才のベルギー出身。2002年に監督週間短篇部門に選ばれ、当作は長篇2本目。独特の味わいも持つ作風で、今後、メジャーに化ける可能性がある。



巨匠たちの作品

「ビッキー」

 アメリカの巨匠たちの作品が数本採り上げられた。
ノン・コンペのウッディ・アレン監督の「ヴィッキーとクリスティナとバロセロナ」は特に面白い。アレン監督は度々カンヌに出品する常連だがいつもノン・コンペの特別招待枠で、今年も例年通りであった。以前は記者会見も行わなかったが、ここ数年、会見に顔を出すようになった。冴えない小柄の中年男が息せき切って話す姿は、劇中の彼そのものである。ハナシはガウディ研究の若いアメリカ女性(スカーレット・ヨハンソン)が、バロセロナで出会った画家とアヴァンチュールを楽しむもの。画家の別れたはずの妻が舞い戻り、三角関係が生じる。前妻にペネロプ・クルスが扮し、ハイテンションでわめき散らし、場を一人でさらう様は正に怪演。美しいバロセロナの風景と合せて見ドコロ満点。見本市でも日本の数社が競った人気作品。久し振りにアレンの乾いた笑いが炸裂。但し、今回、アレンは画面に登場しない。

 

イーストウッド

「エクスチェンジ」

 カンヌではアート派作家として評価を確立したクリント・イーストウッドは「エクスチェンジ」をコンペ部門に出品した。しかし、今年の授賞は雪崩を打ち社会的作品へ流れ込み、彼への賞は第61回特別賞に落着いた。同賞はカトリーヌ・ドヌーヴと同時受賞。
 1920年代の誘拐事件の実話の映画化。若い母親(アンジェリーナ・ジョリ)は息子を誘拐されるが、警察の努力により息子は見付かる。しかし、彼女は実の息子でないことを見抜くが、今度は、警察は面子のため若い母親を相手にしない。気の滅入るハナシで、イーストウッド独特の暗い情念が作品の基調となる。作品としては良く出来ており、審査員次第ではパルムドールも夢ではなかった。


 

「チェ」

「チェ」

 「チェ」は、ご存知チェ・ゲバラであり、革命家ゲバラを描くもの。4時間28分の二部構成、前半がキューバ、後半がコロンビアを舞台に革命の誕生とコロンビア山中での死が描かれ、伝記ものとしては良く出来ているが、意図してか、思想性には踏み込んでいない。スティーヴン・ソダバーグ監督の意欲作だが、ハリウッドの限界も改めて感じさせる。プレス上映では幕間にサンドイッチと水が配給された。初めてのこと。



おわりに

 作品的には、現在の世界情勢を反映し、多くの社会性に富む作品が受賞。61回カンヌ映画祭は地味と評されるが、社会的作品が増えれば止むを得ない。
見本市は微増だが、ドル安の影響でアメリカからの参加者は減少した。今後、右肩上がりの発展は難しくなる可能性がある。
物価高のカンヌといわれる通り、今年は二ッ星ホテルで例年80ユーロ(1万3千円)の宿泊費が210ユーロ(3万4千円)とカンヌプライス。これは市も容認と、宿泊費の高騰は留まるところを知らない。この状態に対し、カンヌ市、映画祭は手をこまねいており、将来的に見れば不安材料だ。

 



(文中敬称略)
《了》
映像新聞 2008年7月14日号掲載

中川洋吉・映画評論家